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ポッピンQという作品

タイトルどおり。

ポッピンQ、観てきました。

 

まえおき

昨年は数えてみると映画を5本以上観ていて、すっかり映画をよく観る人間になったような気がしていたんですが、この作品は公開日前日に名前を知るというノータッチぶりでした。

しかしその翌日の公開日にあたる23日、とあるフォロワーと会う機会があり、そのフォロワーがこの作品を観てきて「とても良かった」と話してきたことでこの不思議なタイトルは年を明けても頭に残り続けました。

そんなわけでいつか観ようと思っていたんですが、年末はこの世界の片隅に、年が明けたら傷物語と他に観る作品がいくつかあり、それらを優先していたら上映劇場がいつの間にか残り4つになっていて目が点になったわけで。あの時はめちゃくちゃ焦りましたね。

そんな中、梅田ブルク7の一週間上映延長という神対応のおかげでどうにか観ることができました。

 

前置きが長くなりましたがそろそろ感想とか書いていこうかなと。

今回は一応ネタバレあるかもなので観てない人はご注意を。

 

 

 感想とか

結論から言うと良かったです。

公開当日に観たフォロワーからだいたいのあらすじを聞いていたので、新鮮に楽しめたかは微妙なところだけど、いざ始まると展開が自然な感触で受け止めれた気がします。

 

ストーリー自体は「5人の女の子が別世界に飛ばされて元の世界に戻るためには協力して世界を救えー」みたいなありきたりな話だったんですけど、 主人公たちの設定が良かったですね。

年齢は15歳、いわゆる思春期であって進路やら家庭やら色々な悩みがある時期。そんな誰もが経験するorしてきた時期。そして色々な思いを胸に宿しながら迎える卒業式。

そんなありふれながらも重く共感できる立ち位置が良かったです。

 

 

もっとも作中の5人はこれらに加えそれぞれ心に大きな重みを感じています。 

そんな彼女らが別の世界で初対面なのにいきなり「協力し合え」と言われても勿論上手くいきません。口では「協力しよう」と言っていても心はまだ通じ合ってないんですよね。

そんなわけで勿論ケンカが起こり初対面以上にバラバラになります。

それでも彼女たちはお互いを知り合ってやがて1つになっていくんですね。

キャッチコピーの「その世界には自分を知っている人がいた」の半分はこれを指してると考えてます。

そして彼女たちは元の世界の心の重みに対してそれぞれ答えを見つけるんですよ。

ここが本当に良かった。

 

 

この作品で世界を救う鍵はダンスなんですが、最初は自分が正しいとばかりに皆が自分中心に踊ります。そんなバラバラなダンスも徐々に息が合っていくんですね。

正直最初は「なんでダンスなんだ、ダンス必要か?」って思ったんです。

でも終盤に差し掛かる頃に思い出したんです。中学の頃、体育でやったダンスを。

ダンスって難しいんです。身体が固いとか柔らかいとかリズム感とかそういうのではなく。

個々の技量が高くてもお互いの事をきちんと信頼してないと完成しないんです。

彼女たちが心を開き、お互いを信頼し1つになる。

1つになった「世界を救いたい」という気持ちを表現するにはダンスが一番だったんです。

私にはそんなふうに感じました。

 

 

作画とかの感想を書くなら作画はとても綺麗でした。

綺麗といっても君の名はのようなきめ細やかな芸術的綺麗さではなく、安心感のある綺麗さという感じです。

なかでも序盤の伊純が100mを走るシーン。あそこ本当に良かった。

自分は中学で陸上部に所属していたんですけど、走り出しから数十メートルたってから体を起こすという走り方が丁寧に描かれていて当時の記憶が蘇りました。

伊純の陸上関連の作画はどこも丁寧で作中でも特に気に入ってます。

 

 

ポッピンQとは何か

冒頭で不思議なタイトルと書いたこの「ポッピンQ」というタイトル。

これは何を意味しているのか。

 

ポッピンは公式の表記からPOP INらしく「収まる、はまる」「立ち寄る」という意味みたいです。じゃあQはなんだよと。

上では触れませんでしたが別世界のテーマとして「時」があるんですね。

作中では時の谷やら時の城やら色々時に関するワードが登場します。

どうでもいいけど時の城でポケダン時闇の時空の塔を思い出してそっちで泣きそうになった

そして最初にポッピンQというタイトルが表示された時、Qの「、」の部分が歯車のようにグルグル回ったんです。

これについて自分はQという文字は「時計」を表していると考えました。

正確な角度は測ってないのでアレですが点は約20分を指しています。 

これは60分を一生としてこの作品が人生の20分くらいの時期であるという意味なんじゃないかなと。

単純計算だと成人を普通に超えていますが人生の密度的にはどうでしょう?

中学卒業という時期はこの辺りになってきませんか?

 

彼女たちはこの20分の時期に別世界に飛ばされもう一人の自分と出会います。

このもう一人の自分とは他の女の子ではなく同位体です。

5人の主人公の同位体であるポッピン族はそれぞれのパートナーの気持ちを共有します。

伊純は元の世界に戻る直前に同位体であるポコンに「あなたがいてくれたから頑張れた」的な話をします。するとポコンは「お前が頑張ったからできた」と返します。

自分はここから同位体は別世界の自分自身であり、ポッピン族は人間の別世界での姿であると考えました。

「その世界には自分を知っている人がいた―――」

自分を知っている人は自分自身であって、別世界の自分と協力して自分を見つめ直す・・・

キャッチコピーの残り半分にはそういった意味が込められてるのかなと解釈しました。

 

 

本当に言いたいこと

長い解釈を書き終えたところでこの記事で書きたかったことを。

 

自分はこの映画は結局「誰に向けての作品か」が分からなかった。

というより「自分に向けての作品ではなかった」ということが一番最初に出た感想だった。

ダンスやポッピン族などのキャラクターはプリキュアを見るような年齢層をターゲットにしていると思う。

しかし、思春期の感情をそんな年齢層に求めるのは酷だろう。成長というメッセージ的には、彼女たちと同じ中学3年生、もしくは高校生がターゲットと思う。

そういったブレがあったおかげで自分はどう観ればいいのか分からなかったし、彼女たちがお互いを信じあい1つになる姿を見て 「これを中高生の時期に見たかった」という思いで目が潤んだ。

 

それでも彼女たちの卒業式後のシーンに入る頃にはその感情を受け入れて観ることができた。

そして迎えたエンドロール、とても最後にふさわしい曲調でそれぞれのキャラが卒業式の姿で流れていく。

そして曲紹介が流れてきた時、めちゃくちゃ衝撃を受けた。

卒業ソング
「さよなら。ありがとう。」

なぜか分からないけどED曲ではなく卒業ソングという文字が流れてきた時、自分は潤んでいた目から涙が溢れた。

この卒業は単に中学だけでなく「子どもから大人への成長」とも感じてしまった。

自分にとってポッピンQという作品はこのエンドロールで100点に到達した。

エンドロールが終わるまで泣き続けスクリーンが暗転した後もしばらく泣き続けた。

良い映画だった・・・そう思っていた瞬間、暗転したスクリーンに映像が戻った。

 

最初は続編の予告なのかと思った。でも「製作中」やら「○年公開」などの文字はなかった。

そこでその映像がこの映画の所詮Cパートだという事実を突きつけられた。

 

正直この映像は残念だった。

続編を作っているかは定かではないが、自分はこのポッピンQという1つの作品で物語が完成してほしかった。

「あくまで序章だよ」みたいなノリを突きつけられて、彼女たちの努力は何だったんだと言いたくなってしまった。

ガルパンも「TVアニメで廃校を免れたけど劇場版で再び廃校の危機になった」という似た展開だったが、こちらは再び廃校の危機になった事実を知るのは劇場版のストーリーが始まってからで決してTVシリーズの最後の含みを持たしたわけではない。

 

自分がポッピンQを「とても良かった」ではなく「良かった」と書くのはこの映像があったからです。

けれどこの映像に関しては続編に意欲的なのは嬉しいという声も耳にするし、自分の考えが全てとは言えません。このCパートについてどう受け取るかは視聴者次第だと思います。

ただ1つ思うのはエンドロール後も自分はもっと泣きたかったのかなーと。

 

 

作品のテーマ自体は本当に好きな内容で、お互いを信頼し世界を救うというストーリーで最近観て好きになったビビオペを思い出したりもしました。(某割り箸を煮込んだ人も言ってた)

感じるものは人それぞれだと思うので、この記事や他の人の感想などを読むより劇場で観るのが正解だと思います。

ただもう東京と大阪しかやってる劇場がない(しかももう少しで終わる)ので観れる方だけでも劇場へ行ってください。

幸いな事にチケット確保は苦労しないので安心して大丈夫です。

 

 

こんなに長く書いたのは久々です。

それくらい語りたい作品だった。

 

ポッピンQ。あなたもどうですか?

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↑この子のダンスめちゃくちゃ可愛いから観て

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